ホーム>デジタル時代のビジネスと社会>第12回 DXと新型コロナ禍に共通の問題
世界の蚊帳の外に置かれた日本
スイスにある世界のトップビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)が、2020年に発表したデジタル競争ランキング調査で、日本が世界最下位の項目が二つあった。その一つが「人材の国際経験」だ。世界で活躍するエグゼクティブは、何が経営の重要問題かをいち早く知る「経営に関する定点観測点」を持っている。そうした定点観測点は、世界経済フォーラムのような国際的なイベントであったりする。例えば、IMDは毎年6月にOWP(Orchestrating Winning Performance)というプログラムを開催しており、世界中から400人ほどのビジネスリーダーが参加する。IMDのファカルティー(教員)は、その時々の最重要経営課題に関する新しいプレゼンテーションができなければ、このプログラムに登壇することはできない。つまりOWPに参加すれば、最新の経営知識を学ぶことができるのである。
世界のビジネスリーダーのネットワークに入り、最重要課題をいち早く知る。その結果、世界と同じ危機感を持って問題に対処する。このようなビジネスリーダーはわが国には必ずしも多くなく、それがDXの遅れにつながっている。そして、グローバルな世界から隔絶されてしまっている日本の問題は、新型コロナでも致命的な影響を受けている。
グローバルと隔絶された危機感の欠如
新型コロナ対策として世界で進むワクチン接種。6月になり日本でもようやくスピードが上がったとはいえ、世界で最後進国グループに属している。NHKの調査によると、6月9日の段階でワクチン接種を完了した人の割合は、日本ではわずか3.64%に過ぎない。世界トップのイスラエル(59.37%)の足元にも及ばないし、アジアでも韓国、インドネシア、インドよりも低い。なぜこのような事態に至ってしまったのだろうか。
人類の歴史は感染症との戦いといっても過言ではなく、この20年だけ見てもSARS、MERSなど新たな感染症が繰り返し発生してきた。旧植民地との歴史的な関係からアフリカとの間で人の移動が今でも活発なヨーロッパでは、感染症の研究と対策は医療における最重要課題である。アメリカでも感染症の研究と対策は、国家安全保障上極めて重要度が高い。アメリカでバイオテロ事件である炭疽菌事件が起こったのは、ちょうど20年前のことである。今回、ファイザー製、モデルナ製の新型コロナワクチンで使われているメッセンジャーRNAの研究は、バイオテロ対策の一環として進められてきているのである。モデルナが1年弱でワクチンを開発できたことには、連邦政府からの24億ドルを超える財政支援が極めて効果的だったと言われている。この点で日本は、感染症への危機意識が強くなく、対応する体制もできていなかった。危機感の薄さは、研究費の規模や配分にも現れており、科学技術立国と言われてきた日本の未来が危惧される。
不作為の問題
思い起こせば一年前、日本は新型コロナの優等生だというやや楽観的な空気が支配していた。しかし冷静にデータを分析してみれば、アジアの国々は総じて感染者数が少なかったわけで、日本が特別だったわけではない。これがもともとの危機感の薄さと相まって事態を悪化させた。日本がワクチン接種に関して本腰を据え出したのは、1日100万回の接種を目標とする考えを菅首相が表明した5月の連休明け以降のことである。それは、去年春にはすでにワクチンを一部確保するなど接種準備を開始していたイギリスに実に一年も遅れている。接種要員や会場の不足は全世界の共通問題。それを認識しスピーディーに動けたイギリスと動けなかった日本。それが、6月9日の段階でワクチン接種を終えた人の割合が41.13%と世界で5番目に高いイギリスと日本の差である。計画は一生懸命作るが、その実行が苦手なことは、これまたコロナ禍とDXなど企業活動に共通の問題である。
リーダーシップ
1970年代、天然痘ワクチンの副反応や、ジフテリア、百日ぜき、破傷風(DPT)の三種混合ワクチンの副反応などが契機となってわが国では薬事訴訟が続いた。東京集団訴訟に対する東京高裁の判決では、集団接種運用の不備、医師に対する周知不徹底、国民への周知不徹底などが指摘され、接種医師の「実施上の過失」ではなく、厚生大臣の「施策上の過失」が認定された。予防接種に対する国民の信頼は失墜し、1994年(平成6年)の予防接種法改正により、予防接種行政はそれまでの社会防衛から個人防衛を考慮する方向へと大きく舵を切った。ワクチンのリスクがベネフィットよりも深刻視され、企業のワクチン開発にもブレーキがかかった歴史的背景も、ワクチン接種の遅れに影響を与えている。
どのようなワクチンにも必ずリスクがある。しかし、ワクチンを接種することで確実に、個人や集団の生命や健康を守ることが可能になる。専門家からアドバイスを受け、その上でデータに基づいて社会全体のベネフィットと個人のリスクを丁寧に国民に説明していくことに、政治のリーダーシップが求められる。日本における新型コロナ禍の混乱は、DXの遅れと共通基盤の上にあり、まさに日本社会の問題の鏡とも言えるのである。