ホーム>デジタル時代のビジネスと社会>第3回 CEOアジェンダとしてのデジタル変革
CEOアジェンダ
- 東京都江東区有明に位置する
ユニクロの物流センター有明倉庫
(株式会社ファーストリテイリング提供)
企業のトップ(社長、CEO)の使命とは、会社の抱える重要課題を明確にして、優先順位の高いものから解決していくことである。解決にあたっては、それにふさわしい人物を選び、リーダーシップの発揮を促す。もちろん、経営課題の中には、企業のトップ自身が解決のリーダーシップを発揮しないといけないものもある。それこそ、いわゆる「CEOアジェンダ」である。それは会社の未来を決する最重要経営課題と言ってもいいだろう。デジタル時代に競争優位を発揮すべく変革をリードすることは、まさに「CEOアジェンダ」なのである。 過去にも社会的に大きな関心を集めたIT関係の出来事はあった。ウインドウズ95、インターネット、2000年問題などである。確かにこうしたトピックは社会をにぎわし、企業も重要問題として取り組んだが、その先頭に立ったのは社内のIT担当役員だった。社長がこれらのIT問題で陣頭指揮を取ることはなかった。しかし、デジタル変革はIT担当には任せられない。これに成功しなければ自社に未来はない、という決死の覚悟で社長自身が先に取り組まないといけない。だからデジタル変革は「CEOアジェンダ」なのである。
「製造小売業」から「情報製造小売業」へ
ファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長は、デジタル・トランスフォーメーションの推進をまさに自らの「CEOアジェンダ」と定め、その実践をリードしている。目指すのは、ユニクロを「製造小売業」から「情報製造小売業」に大変革することだ。製造小売業とは、衣服をデザイン、製造すると同時に自社店舗で販売するいわゆるSPAと言われる業態で、従来の卸業態に代わって、今や世界のファッション業界の主流だ。ZARAのブランドをもつ世界ナンバーワンがスペインのINDITEX、世界ナンバー2がスウェーデンのH&M、そして世界ナンバー3が日本のファーストリテイリングだ。しかし、彼らとしてもその地位に安泰としてはいられない。ファッションの世界でもアマゾンの影響は強く、アメリカのSPAの代表であるGAPが多数の店舗閉鎖を行わざるを得なかったのも、アマゾンの攻勢にあったからだった。 ユニクロが目指す情報製造小売業とは、情報を商品化するデジタル時代の新しい業態である。新業態で具体的に実現しようとしているのは、「作ったものを売るのではなく、消費者が求めるものを作る」こと。「週単位で行っている企画・生産の流れが1日単位へと進化し、究極的にはリアルタイムになる」という(『日経ビジネス』、2017年3月27日)。しかし、その実現は容易ではない。なぜならば、個客を起点にユニクロの全事業、全職能がつながらないと、さまざまな場(店舗、ネットといった個客接点、デザイン、調達、製造、流通といったさまざまな機能)で得られる情報を生かした商品化はできないからである。製造小売業時代のユニクロでは、これらの事業、機能のつながりは部分的だった。
物流拠点がデジタル時代の本社になったファーストリテイリング
- 有明倉庫6階にあるユニクロの有明本部
「UNIQLO CITY TOKYO」
(株式会社ファーストリテイリング提供)
コンサルティング会社マッキンゼーの調査によれば、事業部や機能間の厚い壁(いわゆるサイロ)、リスク回避、顧客を多面的な観点から捉えないカルチャーが組織に存在すれば、デジタル変革の推進にとって致命的だという(『マッキンゼー・デジタル・サーベイ』、2016年)。 今、ユニクロでは、全社員がリアルタイムにダイレクトにつながり、同時に連動して行く新しい働き方を確立するために、大革命が行われている。2017年1月から、ユニクロの社員が東京ミッドタウンにある本社から、お台場にある有明本部にどんどんと移ってきているのである。この有明本部はもともとはユニクロが大和ハウス工業と連携して作った物流拠点の最上階にあるのだが、今やデジタル時代の情報製造小売業ユニクロの本社と言っても過言ではない。「UNIQLO CITY TOKYO」という名前も付けられた。 6階にあるワンフロア5,000坪の有明本部には、事業部を隔てる間仕切りも壁は全くない。社員は小チーム制のフラットな組織で、部署を越えた密なコミュニケーションを行い、情報製造小売業としての新しい業務、プロセス、カルチャーが作り上げられつつある。 柳井代表取締役会長兼社長も、かなり多くの自分の時間を有明本部で過ごしているという。まさにユニクロのデジタル変革の先頭に立っているのである。