ホーム>デジタル時代のビジネスと社会>第5回 日本のデジタル化が直面する「2025年の崖」
意思決定だけが問題ではない日本企業のデジタル化の遅れ
前回の「デジタル時代のビジネスと社会」では、DX(デジタル・トランスフォーメーション)と世界的に呼ばれている企業活動のデジタル化において、わが国が世界各国と比べて遅れていることを紹介した。少し復習してみよう。スイスのトップビジネススクールIMDの調査によれば、「デジタル化世界競争力ランキング」で日本は昨年、世界63カ国中22位だった。日本企業におけるデジタル化に関して注目すべきことは、「Future readiness」、つまり変化対応のスピードに関して極めて低い評価がなされていることだ。「変化に対する企業の俊敏な対応」(Agility of Companies)という調査項目に関していえば、驚くことに日本は世界最下位という評価なのである。
前回は、日本企業が機敏な対応をできていない理由として、「NEMAWASHI(根回し)」が英語化されていることからもわかる世界的に悪評高い日本企業の遅い意思決定のプロセスを重要な理由として挙げた。しかし昨年9月に、それとは別に、もっと深刻な原因があることが、経済産業省の発表したレポートで明らかに
なった。
ITシステム「2025年の崖」
昨年の9月に発表された、経済産業省のデジタルトランスフォーメーションに向けた研究会の報告書、
『DXレポート〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』
は、企業・産業界に大きな衝撃を与えた。同レポートは、日本企業のITシステムが技術面で老朽化、肥大化、複雑化、ブラックボックス化していること。そのために、それが経営・事業戦略上の足かせ、高コストの構造、いわゆる「レガシーシステム」(時代の遺物)となっており、DXの大きな障害となっていることを明らかにした。時代遅れのシステムの維持にコストと人をとらわれ、実にIT関連費用の80%は現行システムの維持、運営に使われており、戦略的なIT投資に経営資源が割けていないという。しかしもっと深刻なのは、
「レガシーシステム」にメスを入れないといけないことがわかっていながら、企業が動けないことだ。理由は複雑である。
一つには資金。ある航空会社では、実に50年ぶりに旅客系基幹システムを変更したが、7年間で800億円の投資を必要としたという。これだけの投資には、かなりの決断が必要だ。容易なことではない。
資金以上に深刻なのは、ヒトの問題。レガシーシステムの構築、維持に関するノウハウが社内に継承していないという。IT基幹システムの構築に携わった人々がどんどんと退職してしまい、まさに「ブラックボックス化」してしまっている。老朽化しているシステムが問題となっているとわかっていても、お手上げの状態というわけである。しかし時間は限られている。経済産業省のレポートが「2025年の崖」と題されているのも、このままの状態を放置しておけば、日本企業は2025年には完全に行き詰まる、と予測されているからだ。
日本におけるITパラダイムシフトの必要性
なぜ日本企業がこのような事態に至ってしまったのだろうか。その一因は、ITを超えた世界にある。日本企業はもともと、ITシステムに関していわゆるITベンダーにかなり依存している。 IT業務に関して日本では社外と社内の人材の割合は7対3と言われている。これは世界的に見て異例だ。欧米ではITシステムに関わる人材は、社内の方が多いからだ。 このような事態に至ってしまったのは、日本における労働市場の閉鎖性にも一因がある。 何しろ、50年に一回くらいしか変更されないシステムだ。そのために多数の人材を維持しているのは割に合わない。 また日本企業は業務の標準化を嫌い、カスタマイズ化を好む。 「我が社は他社とは違い、システムも自社独自のものであるべきだ」という考えは日本企業においてかなり支配的だ。 となると自社のITシステムに関わる社内人材は「必要最低限」にとどめ、ITベンダー企業に依存することになる。 そしてまたITベンダー企業側でも、一旦、担当が決まるとそれに長く留まる場合が多い。 ユーザー企業側でも、ITベンター側でも、人材が固定化し、知識が属人化しがちなのである。 しかしこのような旧来の人材マネジメントはもはや時代遅れと認識すべきだ。何しろ、デジタルは社会の基本インフラとなる。 となれば、IT人材は社内の最も重要なリソース、基幹人材であり、社外に依存することはあり得ない。IT人材マネジメントに関するパラダイムシフトが日本企業に求められているのである。
時間は7年
このような事態を放置していては、DXはいつまでも進まず、日本企業は「破壊」(Disrupted)されてしまう。 残された時間は7年だ。この間に、老朽化にメスを入れないといけない。使えなくなったシステムを「塩漬けにする」といった具体的な提言も、経産省のレポートには記されている。 ぜひレポートを参照して、「2025年の崖」を乗り越えていただきたい。