ホーム>デジタル時代のビジネスと社会>第6回 100年に1回の大変化
100年に1回の大変化
今、「100年に1回の大変化」が世界の企業を襲っている。デジタル技術が社会の基本インフラになる中で、企業の抜本的な変革が求められている。そしてそれを決断するのが経営者である。「100年に1回の大変化」の真っ只中にあるのがトヨタ自動車だ。同社の豊田章男社長は「私は、トヨタを『 自動車をつくる会社 』から、『モビリティカンパニー』にモデルチェンジすることを決 断 しました。」と『アニュアルレポート2018』に記していた。それは、トヨタが自らを創造的に破壊し、世界中の人々に「移動」に関わるあらゆるサービスを提供する会社になるために大変革するという、社会への宣言だった。 そして実際に、トヨタは自らを「創造的破壊」を実現すべく、大変革のために次々と新しい取り組みに乗り出している。CASE(Connectivitiy, Autonomus, Shared, and Electric、つまり自動車産業に影響を及ぼす四つの大変化である、多様なサービスとのコネクト、自動運転、シェアードサービス、電動化の四つを指す)の事業展開を目指して、2018年10月にはソフトバンクとMONET社を設立した。20年前には、当時、課長としてソフトバンクからの提携申し出を断っていた豊田社長にとって、MONET社の設立はパラダイム・シフトだった。また2019年2月には、MaaS(Mobility as a Service、つまり移動に関するサービス事業)の分野で、トヨタは住友商事の関連企業と連携して定額制の自動車利用サービスを展開するためにKinto社を設立した。
CASE、MaaSの世界に突入
このような矢継ぎ早の事業展開は、従来のトヨタでは考えられなかったことである。そもそも以前のトヨタは、4年に1回の車のモデルチェンジに合わせて会社の仕組みができていたと言っても過言ではない。しかし、CASEやMaaSの世界に入るということは、1年に1回新モデルがリリースされるiPhoneの世界に入るということを意味している。CASE、MaaSの時代には、アップルを含むGAFAがトヨタのコンペティターだからだ。経営判断のスピードを格段に上げないと、今まで世界の自動車産業をリードしてきたあのトヨタでさえも、生き残りは難しい時代なのである。だからこそ、豊田章男社長は率先してNew Toyotaを世界に示している。豊田社長はシリコンバレーのアントレプレナーのように、ボディランゲージも豊かにプレゼンテーションを行い、「モビリティー・カンパニー」というトヨタの新しい姿を世の中に示している。
未来に専心する経営トップ
ところで、「100年に1回の大変化」の時代に、果たして経営者は自分の時間をどのように配分すべきなのだろうか。そもそも、企業を未来に導くのが使命である経営トップの場合、未来のために使う時間が、現在のために使う時間より少ないということはあり得ない。エキサイティングで野心的なビジョンを作り、それを社内にコミュニケートして、組織を未来に向けて動かすことこそ、トップ経営者の重要な使命だからである。いわんや、「100年に1回の大変化」に遭遇している経営者となれば、「未来」と「現在」の割合は、「六対四」どころか「七対三」、いや「八対二」かもしれない。それだけ自社の未来を創り上げるために、経営トップは自分の時間を使わないといけないのである。しかし、そこまで大胆に自分の時間配分を変えることは、経営者にとって決して容易ではない。なぜならば、大きな変化の兆しが見えているとは言っても、依然として現在の収益の圧倒的な部分は現業から来ているからである。したがって、社員の多くが現業に没頭したとしても、それは止むを得ない。しかし社長がそれではいけない。社員の多くが現在の仕事に取り組んでいるからこそ、社長自らが未来のために率先して取り組まないといけないのである。そしてまたそれを可能とするのも、現業を通じた現在の競争優位の確立を安心して任せることのできる強力なトップ・マネジメントチームの存在だ。トヨタの『アニュアルレポート2018』の5ページを見れば、現在のトヨタに強力なトップ・マネジメントチームが構築されていることは一目瞭然である。
デジタルに破壊される危険性
現在の競争優位の確立・維持と未来の競争優位の確立を、トップ・マネジメントチームの見事なチームワークで見事に実現しているトヨタとは対照的なのはフォードである。残念ながら現在のところ、フォードはCASE、MaaSの変化の時代に翻弄されている。2014年にフォードの前社長マーク・フィールズ氏が社長(COO)からCEOに就任した時、市場の期待は高かった。彼はハーバード大学でMBAを取得し、かつて39歳の若さで当時まだフォードと資本関係があったマツダの社長に就任したフォードの若きプリンスだった。 しかし彼は大変化の時代にフォードが直面していたにも関わらず、未来のために専心できなかった。彼は「自分の片足は今日に、自分のもう片足は未来に」と語っていたのである。つまり未来の競争優位の確立と現在の競争優位の確立・維持を均等に行うと語っていたのである。当初、若き経営者への期待から株価は上がったのだが、半年も経たずに株価は下がりだした。電気自動車、自動運転で機敏な動きが取れないことに市場が失望したからである。彼のCEOとしての任期は3年にも満たなかった。そしてその後、フォードの低迷は続いている。
大変化の時代に、経営者が行動と発想を誤れば、会社にとって致命的なのである。