ホーム>デジタル時代のビジネスと社会>第10回 平成、失敗の本質に学べ
新型コロナ感染拡大がDXを拍車
新型コロナウイルス感染者数の拡大が続き、世界は依然として危機下にある。そんな中でも、明るい兆しが見えるのがDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。新型コロナの感染拡大は、業務のデジタル化に拍車をかけた。非常事態宣言が出されると、多くの企業が社員の在宅勤務やテレワークに踏み切り、社内会議も急速にオンライン化が進んだ。テレワークは日本企業のNew Normalになりつつある。 もともと、安倍内閣の働き方改革の取り組みにより、テレワークのニーズは高まっていたが、その広がりはよろしくなかった。勤怠管理の難しさ、業績評価へのシフトの必要性など、障害となる要因は多々ある。しかし、社員を感染の危険にさらせないと、一気にテレワークに踏み切った企業は多い。日本経済新聞によれば、2020年度の企業のIT投資 は、前年度実績比15.8%増の見通しだ 。テレワークの広がりとともに、DXはバズワード(流行語)化した。2019年7月に経済産業省が「DX推進指標」を発表した際の「多くの企業において、実証的な取り組みは行われるものの、実際のビジネスの変革にはつながっていない」という状況が一気に解消されたかのような雰囲気である。
DXは企業変革
しかし、DXは単なる業務におけるデジタル技術の活用ではない。究極的には、従来の業務、ビジネスモデル、組織、人間、企業文化の変革までを求められるものであり、一朝一夕ではなしえない。1年前には、実にDXの取り組みの70%が目標に達していないという調査結果もある(『ハーバード・ビジネスレビュー』、2019年3月13日号)。したがって、この1年で一気に変わったと考えるのは、あまりにも尚早である。 2020年のIMD(国際経営開発研究所)の調査では、デジタル化に関して日本企業は世界63か国中27位。しかも前年より4つ順位を下げた。DXへの関心の高まりに反して、ここ3年連続で下降している要因は、取り組みスピードの遅さにある。同調査の世界デジタル競争力ランキングの「企業の俊敏さ」で日本企業は世界最下位(63位)だ。この「不都合な真実」に目をつぶり、DXに楽観的になってはいけない。なぜならば、日本企業の長年の根深い問題を解決することなしに、DXは実行し得ないからである。
都内から移住し、2020年7月伊東市にワーケーション宿泊施設「伊豆ハウスラグジュアリーログ暖炉」を開いた森屋千絵さん。(2020年9月9日静岡新聞夕刊)
「平成、失敗の本質」に学べ
平成の時代、ビジネスの世界で日本は負け組であった。世界的な企業ランキングである「フォーチュン500」で、1995年にトップ50社中21社を占めた日本企業は、2020年にはわずか3社に減った。企業界の新陳代謝の悪さが目立つ。アフリカなど新興市場での事業拡大といった新しい事業機会を掴めず、製造業におけるモジュラー化の進展など、従来の日本企業の強みを発揮しづらい変化も起こった。そのような環境変化の中、特定の戦略原理に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず、自己革新能力を失った過去の日本軍と同じような状況に日本企業は陥った。行き過ぎたROE(自己資本利益率)重視による萎縮、短視眼経営に見られるようなグローバルな金融、資本の論理への過剰適応ないし誤適応と思われるような現象も見られた。 また、経営に関するベストプラクティスが伝わると、多くの企業がこぞって取り組み、ユニークさが失われた。周囲への同調を求める日本固有の世間の支配がさらに助長した。DXも同じ状況になるのではないかと危惧される。DXに取り組むことが至上命題化し、なぜ必要なのか、何を実現しようとするのかというビジョンもなく、やみくもに「DXを行え」というトップの指示に現場も翻弄され、アリバイ工作的にPOC(概念実証)が繰り返されてはいないか。 テレワークの推進にしても、ジョブ型雇用への移行、それに伴う新卒一括採用の廃止という人事制度の大変革まで覚悟して踏み切っている企業がどれだけあるのか。組織活動の鍵はさまざまな仕組み、制度、組織の連動(オーケストレーション)であり、その下でDX推進のために経営、事業部門、IT部門が一体とならなければその実行は難しい。出島的に「デジタル戦略部門」を設ける企業も多いが、全メンバーがDXを自分ごとにできなければ部署は孤立し、組織の変革は実現しない。そうなるとDXはFAD(流行)に終わり、日本企業・産業界が本当に破壊されてしまう。それくらいの危機感が必要だ。 今こそ、日本企業の長年の問題をデジタル・テクノロジーで変革するという大きな覚悟を持って取り組むことが必要だ。何しろ、DXの「X」は変革を意味するのだから。